大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(行)8号 判決 1963年3月30日

判   決

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

原告

右代表者法務大臣

植木庚子郎

右指定代理人

家弓吉已

鈴木智旦

金田浩

岩田正治

同都港区芝公園六号地の一番地

被告

中央労働委員会

右代表者会長

所沢道夫

右指定代理人

吾妻光俊

岩崎博司

高橋正

高嶋久則

右当事者間の昭和三四年(行)第八号不当労働行為救済命令取消事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第一(当事者双方の申立)

原告指定代理人は、「被告が昭和三二年昭和三二年不再第一九号不当労働行為再審査申立事件について、昭和三三年一二月一七日附でなした命令中、関根勝男に関する部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二(原告の主張)

原告指定代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一(本件救済命令が発せられた経過)

(一)  原告は、昭和二六年八月二四日訴外関根勝男をいわゆる駐留軍間接雇傭労務者として雇入れ、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に基づいて日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下、軍という)の施設であるキヤンプ東京(その後、キヤンプドレイクと改称)のオーデナンス・フイールド・メンテナンス・デポーに、自動車修理工として、勤務させてきたが、昭和三〇年一月一〇日軍の保安上危険であるという理由で、同人に対し解雇の意思表示をした。

(二)  ところが、関根勝男が加入していた全駐留軍労働組合埼玉地区本部朝霞支部(以下、組合という)は、同人(及びその頃同人とほぼ同様の理由で原告によつて解雇された同組合の組合員である訴外奥山繁)に対する解雇が不当労働行為に当たるとし、原告の行政機関である埼玉県知事を被申立人として、埼玉県地方労働委員会に救済の申立をした。これに対し、埼玉県地方労働委員会は、昭和三二年三月一五日附で、「被申立人は申立人組合の組合員関根勝男を昭和三〇年一月一〇日当時の原職又はこれと同等の職に復帰せしめ、且つ、昭和三〇年一月一一日以降原職に復帰するまでの間に同人が受くべかりし諸給与相当額を支払わなければならない。(奥山繁に関する部分は省略)」との救済命令(以下、初審命令という。)を発した。

(三)  そこで埼玉県知事は、初審命令を不服として、被告に、再審査の申立をしたところ、(昭和三二年不再第一九号不当労働行為再審査申立事件)、被告は、昭和三三年一二月一七日附で、別紙命令書の理由記載の理由で、その主文第二項記載の命令、すなわち、「初審命令主文中、関根勝男に関する部分をつぎのとおり変更する。再審査申立人は、再審査被申立人組合の組合員関根勝男の昭和三〇年一月一〇日附解雇を取消し、昭和三〇年一月一〇日以降昭和三三年六月三〇日にいたる間、原職に勤務していたものとして取扱い、その間同人の受くべかりし諸給与相当額を支払わねばならない。(奥山繁に関する部分は省略)」との命令(関根勝男に関する右命令を、以下、本件命令という)を発し、右命令書の写は同月二五日埼玉県知事に交付された。(以下省略)

理由

第一(本件命令が発せられた経過)

被告が、別紙命令書記載の理由で、同記載の本件命令を発し、同命令書の写が昭和三三年一二月二五日原告の行政機関である埼玉県知事に交付されるにいたつた経過として、原告が本訴請求の原因一において主張する事実は、当事者間に争がない。

第二(本件命令の適否)

一  原告は、被告が、本件命令において、原告の関根勝男に対する本件解雇を同人の組合活動の故になした不当労働行為であると判断したのは、誤りであると主張するので、以下に検討する。

1  関根勝男の組合経歴及び同人の行なつた組合活動に関する別紙命令書の理由の第一、四の(一)記載の事実(同(一)の(6)において引用する第一の二記載の事実を含む)竝びに関根勝男が本件解雇前、いわゆる「一〇月一〇日事件」における同人の行動にアメリカ合衆国の利益に反する容疑事実があるとして、出勤を停止され、調査を受けた事実があることについては当事者間に争がない。

2  (証拠―省略)によると、昭和二八年四月開催された組合の第七回大会における討議の際、代議員として右大会に出席した関根勝男は特に活発に発言したところ、その後間もなく、執行委員に欠員が生じたため、その補充が問題となつたとき、執行委員長福井達三外一、二名の執行委員から、大会での討議の態度からみて関根勝男を推せんすることが提案された結果、同人が昭和二八年半ば頃から執行委員に選出されたものであつて、当時から関根勝男の活動は組合執行部内でも目立つていたこと、オーデナンス職場から選出された執行委員は関根勝男一人だけであり、特にトラブルの多い同職場に発生する問題の解決について、同人が中心となつて、活動したこと、関根勝男は大和町駅方面から出勤する組合員に対する組合のビラの配布を一手に引受け、更に休憩時間を利用して、サブライ職場、タンク職場、サービス・セクシヨン等に出向き、組織活動などを行つていたこと、別紙命令書の理由の第一、四、の(2)の問題では、関根勝男の活動は特に顕著であつて、昭和二八年五月頃から同年八月頃にわたつて事故発生の原因について軍の責任を追及したこと、オーデナンス職場の楢部支配人に対してもその責任を追及することが強かつたため、同支配人は、同職場の従業員佐野甲子作に対し、関根勝男を何か折があれば追い出してやると漏らしていたことがあること、同じく(3)の問題では、関根勝男は、楢部支配人を通じての軍との交渉にあきたらず、直接に労務担当士官のループに文書で人員整理反対を申入れたこと、ループから関根勝男を指名して会見の申入れがあり、同人がこれに応じて種々接衝したが、その接衝は、他の組合員もこれに同行したとはいえ、専ら関根勝男一人で行なつたような状況であつたことが認められる。

3  以上1及び2記載の事実を総合すると、関根勝男が勤務していた現地の軍の当局は、同人の組合活動に注目し、これを嫌悪していたものと認めることができる。

原告は、別紙命令書の理由の第一、四の(一)に記載する関根勝男の組合活動は同人一人で行なつたものではなく、また、いわゆる「一〇月一〇日事件」について、軍が、調査の結果、同人に軍の自動車の通行妨害等アメリカ合衆国の利益に反する行為をした嫌疑がない旨を通告した点などからみても、軍が同人の組合活動を嫌悪していたものということはできないと主張する。しかしながら、関根勝男の右のような組合活動は、同人が他の多数の組合員と共に行なつたものであつても、前記2において認定した事実からみれば、同人は、職場の組合員の中核として、指導的立場に立つて、右のような組合活動を行なつてきたことが明らかであるから同人が、そのために軍から着目、嫌悪されていた事実を認めるのは、なんら不当でない。また、軍のいわゆる「一〇月一〇日事件」に関する右通告がなさよたいきさつ(当事者間に争のない別紙命令書の理由の第一の三記載の事実)に徴すると、右通告は、いわゆる「一〇月一〇日事件」の際の関根勝男の行動には、解雇に値するようなアメリカ合衆国の利益に反する行為がなかつたことを表明したものに過ぎないとみるべきであつて、これをもつて、軍が同人の組合活動について嫌悪の念を抱いていなかつたものと解するのは、論理の飛躍を免れない。

4  以上のように、関根勝男が勤務していた現地の軍の当局が、同人の活発な組合活動に着目し、これを嫌悪していた事実が認められ、しかも、後記のように、原告が本件解雇の理由として主張する同人の保安基準該当の事実が明らかでない以上、本件解雇は、関根勝男の組合活動の故に、なされた不当労働行為であると推定せざるを得ない。

二 本件解雇は、いわゆる保安解雇であつて、そこに不当労働行為の成立する余地がないとする原告の論拠について、以下に判断する。

1  原本の存在及び成立に争のない乙第一号証の三八によつて認められる附属協定第一条a項には、保安基準として、(1)、作業妨害行為、牒報、軍機保護に関する規則違反又はそのための企画若しくは準備をすること、、(2)、アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的に且つ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体又は会の構成員たること、(3)、右(1)記載の活動に従事する者又は右(2)記載の団体若しくは会の構成員とアメリカ合衆国の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的又は密接に連けいすること、と定めている。ところで、当事者間に争のない別紙命令書の理由の第一の三記載の事実によると調達庁長官が、昭和二九年一一月四日極東陸軍司令官かから、関根勝男に対する保安基準該当の容疑について意見を求められ、これに対し、同月二二日関根勝男は附属協定第一条a項(3)号に該当する旨を回答したことが認められ、(証拠―省略)によると、調達庁長官は、調査の結果、関根勝男が当時東京都下において附属協定第一条a項(2)号に定める破壊的団体の有名な構成員である二名の者と密接に連けいしていた事実及び同人が昭和二六年から昭和二七年にかけて東京都下において右破壊的団体の関係する集会にしばしば出席していた事実があるとし、これに基いて、軍司令官に対し前記のような回答をしたことが認められるのである。しかしながら、前記回答に示された調査の結果である事実に関する前掲第五号証の一(昭和三二年不再第一九号不当労働行為再審申立事件における証人八木正勝に対する尋問速記録)の記載内容及び証人(省略)の証言は、きわめて抽象的であつて、証人らの判断の結果が記載され又は述べられているのとはほとんど異らないから、これらによつて、右事実の存在を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠がない。のみならず、右事実は、それ自体具体性に欠くるところがあるから、調達庁長官が前記のような回答をしたことによつては、必しも、関根勝男に附属協定第一条a項(3)号に定める保安基準に該当する事実があると認定することができない。かくして、軍が――保安解雇について最終的な決定権を有する軍が、いかなる具体的事実に基いて、関根勝男に保安基準に該当する事実があると決定したかについては、明らかにされるところがない。

2 原本の存在及び成立に争のない甲第一号証によつて認められる労務基本契約第七条及び前掲附属協定第一ないし第五条の規定竝びに証人(省略)の証言によると、軍が、原告が提供した特定の労務者が保安基準に該当すると認め、これを解雇すべきであると決定して、原告に対し、解雇の手続をとるべきことを要求する以上、原告は、右決定を最終的なものとして、これに拘束され、解雇の手続をとらなければならないこと、右保安解雇の手続は、通常の場合には、現地の施設又は部隊の指揮官が、特定の労務者について保安上の危険がある旨の情報を入手したときは、都道府県の渉外労務管理事務所長に対し当該労務者の出勤停止を要求すると共に、同所長の意見を徴した上で再調査し、出勤停止の解除又は解雇勧告のいずれかに決定し、解雇勧告を決定したときは、一件書類を附して軍司令官に上申すると、軍司令官は、調達庁長官の意見を徴し、司令部に設けられた保安解雇審査委員会に諮問した上で、保安解雇に関する最終決定を下すことになるが、特例の場合には、軍司令官が直接特定の労務者について保安上の危険がある旨の情報を入手したときは、調達庁長官の意見を徴し、保安解雇審査委員会に諮問した上で、保安解雇に関する最終決定を下すことになつていること、本件解雇は、右特例の場合の手続に従つてなされたものであることが認められる。しかしながら、軍が、労務基本契約及び附属協定上、原告が提供した特定の労務者に対する解雇について最終的な決定権を有するのは、その労務者に附属協定第一条a項に定める保安基準に該当する事実があり、これを理由として解雇するいわゆる保安解雇の場合についてであつて、保安解雇に名をかりて、真実は他の理由によつて解雇する場合にまで、軍の決定に拘束されるものではない。従つて、本件解雇が、労務基本契約及び附属協定に従つてなされたということから、直ちに、本件解雇は保安解雇であると認定しなければならないものではない。また、軍司令官が、現地の軍当局と全然無関係に、関根勝男に対する本件解雇を決定した特段の事情があつたことについて、なんらの立証もない。

なお、制度上、軍の保安解雇審査委員会における審査の対象及び資料が保安基準該当事実の有無及びそれに密接且つ直接に関係ある情報に限定されているとしても、果して、現実に、本件解雇について諮問された保安解雇審査委員会における審査の対象及び資料が原告主張のものに限られたかどうかは、本件の証拠上明らかでないのであるから、単に保安解雇審査委員会の制度から、本件解雇について不当労働行為の成立する余地がないものと断定することはできない。

3  要するに、原告主張の論拠をもつては、本件解雇について、前記推認をくつがえし、不当労働行為の成立を否定するに足りないといわなければならない。

三  以上の次第であるから、被告が、本件解雇を不当労働行為に当るものとして、その救済を命じた初審命令を、当事者間に争のない別紙命令書の理由の第一の五記載の事実を基礎に別紙命令書の主文第二項記載の範囲で、維持した本件命令には、原告主張のような違法はない。

第三(結論)

よつて、本件命令の取消を求める原告の請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 石 田   実

裁判官北川弘治は、転任のため、署名捺印することができない。

裁判長裁判官 吉 田   豊

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例